国を持たず、定住はしているが流浪を続け、「ジプシー」と呼ばれて迫害されながらも自然と共に生きる民
ロマ人。
平岡 正明氏はとあるロマの芸術家からこんな言葉を聞きました。
ジプシーは芸術家を誇る
軍人と思想家を一人も出さないことを誇る
軍隊は、人を殺し、思想家は分裂を持ち込むそれに関連し、Crassの「
Bloody Revolutions」を持ち上げるが、彼等もアナーキー&ピースをモットーとしたか「
暴力を用いての解決」に対して疑問を投げかけました。
国を作る上で「
暴力による問題解決」は必ず、何処の国でも発生し、もちろん日本も決して例外ではありません。
上記の映像の中に「
三里塚闘争」も含まれていますが、元々
成田空港建設をめぐる三里塚の農民達と空港財団との間にイザコザがあり、奇しくも60年代後半は学生運動が盛んな時期でもあり、
革マル派や
第四インター等学生運動が活発でした。
その三里塚のイザコザに学生や機動隊が割り込んできて、三里塚は戦場と化して、反対派/機動隊の双方に死者を出すほどまでに至りました。
機動隊員の強引な取締りには反感は覚えましたが、だからといって反対派が行った事には同調できず、「
何故彼等は“暴力”と言う手段を選んでしまったのか?!」と疑問が芽生えてきました。
成田空港は結局建設され、三里塚闘争は後味悪い終わりを迎えたのですが、何の成果もないかといえばそうとは言えず、
ドイツのミュンヘン空港や
関西国際空港等も三里塚の教訓を生かして建設されたと言われています。
また、肝心の
成田空港も当初は3本の滑走路が予定されていたが、78年の開港時にはA滑走路しか完成せず、完成した後も管制塔が破壊されるなどテロが絶えず、
そして2002年になってようやくB滑走路が出来るなどダメージも大きかったようです(三里塚で戦ってきた学生達の一部には農業をやるようになった者もいて、成田空港と隣り合わせの東峰地区で農業を営んだり、地方へ行って農業をやるようになった者もいました。「農業=ダサい」と避ける若者も多いみたいですが、成田で戦った学生達を見てこうした意識を改めては?と思ったりもする)。
種類としては逆ですが三里塚と形式上似たような出来事は、
チェコでも起こっています。
チェコは1989年、
ビロード革命によって、血を流すことなく民主化に成功した国として有名ですが、同時にロマ人に対する敵意が尋常でなく、90%のチェコの方々は「
ロマ人は泥棒であり社会の寄生虫であるから近所に住んでほしくない」と出てくるように、ロマ人の孤児に里親がつかない、就職もままならない、ディスコやレストランに出入りできない、特殊学級に入れられる等
反ロマ感情が最も酷い国でもあります(言うなれば、60年代前までのアメリカやアパルトヘイトのあった南アフリカと同じ状況にあります)。
上の映像をみて分かるとおり、ロマ人とのイザコザが絶えないチェコに、ネオナチや機動隊が割って入り、現在チェコでは銃撃戦が度々起きる程治安が悪化。
余りにも酷い状況に最早国際問題すらなってしまうまでに至りました。
しかし、当事者のロマ人側はどうしたのかというと、
ロマ側がチェコ側に反撃を行ったと言う情報は今の所まだ入っていません。
ここで、ロマ人芸術家の話に戻りますが、高岡氏(かどうか分かりませんが)が「
では他の連中に襲われたり、圧迫されたらどうする」と問うと、ロマ人芸術家は「
逃げる」とあっさり答えたそうです。
チェコに限らず、ブルガリアやスロヴァキア、ハンガリーなどでもロマ人襲撃が後を絶ちませんが、
ロマ人自身が血を流して彼等に抵抗すると言う事は殆どなく、チェコのケースを見る通り、襲撃や差別を受けたロマ人は反撃よりむしろ
カナダへの亡命を選択し、これまでに2000人ものロマ人が亡命を果たしたと言います。
国を持たない流浪の民の故か、抵抗するより亡命を選んだロマの人達ですが、彼等は「
血を流して問題を解決しよう」と言う選択を選ばず、「
いられないのなら捨てて他の国へ行く」の選択をとったわけですが、「
不必要な流血は避ける」をモットーにした甲斐があったか、チェコの人達はロマ文化そのものまで否定する事はなく、カモロ音楽祭が開かれたりミス・ロマ世界大会が開催したり(しかもロマ人を嫌悪している筈のチェコ人等が襲撃したり爆弾を仕掛けたりする等の妨害行為を行ったまたは計画したと言う情報は未だに入っていません)、更に“
ジプシー.cz”なるロマ人ヒップ・ホップグループがチェコで持てはやされて、2009年のユーロヴィジョンでチェコ代表として出演するまでに成り上がりました。
チェコ等では未だにロマ人を嫌う人が多いのですが、しかしロマ文化まで嫌悪するまでには至らず、僅かながらですが歩み寄ってはいるみたいです。
「
Invictus(クリント・イーストウッド監督の「The Human Factor」の事。何時の間にか改題されてます)」で、ラグビーW杯の南アフリカ大会の事を取り扱った映画が今度上映されるそうですが、「
憎みあうより認め合う」と言うテーマではチェコ/ロマの関係に似ていて、国際的な評価も含まれますが
本気で憎んでいるのならカモロもミス・ロマも開催するはずがないのですから、これは是非チェコの人達にも見て貰いたいものです。
チェコ等にいるロマ人と同じ様にロシアなどから抑圧されてきたチェチェン人もいましたが、彼等はロマと正反対に「
暴力を用いて抵抗する」と言う選択を選び、最初はアメリカやその他ロシアを嫌う国々から支援されていました。
しかし、紛争を繰り返すが故にテロを起こしたり、首切り映像をロシアに見せ付けたりと蛮行を繰り返すようになり、遂に
チェチェンは悪評が知れ渡って孤立無援となり、彼等を支援しようと言う者は最早いなくなったと言う結果に終わりました。
ここで皆さんに質問ですが、チェチェンの文化を知っていますか?
チェチェンの音楽や伝統芸能を知っていますか?
チェチェンの音楽グループを知っていますか?
私自身もロマの文化は少し知っていますが、チェチェンの文化は全く知りませんし、「
チェチェンの文化を見せてあげよう」と言うイベントも全く見ません(チェチェン文化を披露するイベント、ありませんか?)。
何故チェチェン文化を知ることが出来ないか、一つの要因として
チェチェン紛争での蛮行が世界中に知れ渡ってしまった為に憎まれてしまった為で、「
殺人者の文化なんて見せる価値もない」と言うような論調でチェチェン文化を知る機会は皆無になってしまったと思います。
哀しい事に「
暴力を用いて問題解決を図る」と言う論調は今でもあり、2ちゃんねる等は「
言葉の暴力」はもちろん「予告.in」等の「
心理的暴力」を用いてメディアや国家機関などを抑圧し、井上トシユキや矢野さとる等西村 博之に近い人物ばかりをテレビに出して自分達の主義主張ばかりを優先させて国民達は洗脳されていくと言うこのご時世ですが、彼等をこのまま野放しにすれば
更なる暴力が現れるのは目に見えています。「
暴力を用いての解決」は決して有利な方向に進まない。
スペイン内乱然り、三里塚闘争然り、ベトナム戦争然り、9.11然り、チェコ等ロマ問題然り……
これらの出来事をみて、「
思想家は分裂を持ち込む」と言う言葉は本当に当たってますわぁ!
共産主義とファシズムが争ったスペイン内乱は当然として、思想が入り込んだ三里塚闘争やベトナム戦争、思想に翻弄されつづけてきたアラブ諸国やチェコと、分裂しまくり。
思想/哲学はルールを構築するのに欠かせない材料ですが、だからと言って凝り固まりすぎると人と人とが分裂してしまい、そして
紛争に入って血を流し合い、そして殺し合いに発展……。
「力」と言う選択は一種の解決方法かもしれませんが、しかしそれが全てではなく、思っていたのと逆の結果を招く場合すらあり、チェコでのロマ人達の行動やスタイルを見て、「
他にも方法があるんだなぁ!」と彼等に改めて学ばされたと思う今日この頃。
「Bloody Revolutions」の対訳はこちら(ヘタクソですみませんが)