今日5月3日は憲法記念日。
第二次世界大戦終結に伴って新しく交付された
日本国憲法を記念すべき日で、「
二度と悲惨な戦争を繰り返さぬように」と作り直されたものであります。
そんな日の故か、こんな朝っぱらから「映像の世紀」を見ましたが、第二次世界大戦は連合/枢軸両国の狂気と正気の狭間が見えてきます。
先ず日本軍ですが、最初のうちはマトモだったのでしょう。
初期の日本軍の行動については「
『正義』とは一体何であろうか!?」を参照にしていただきたいが、日本軍も最初のうちは大義名分を掲げ、ルールに乗っ取った戦争をしていましたが、中国のゲリラ戦によって次第に泥沼化していき、そして戦略も破綻していって、南京大虐殺や無差別爆撃まで至りました。
アメリカだったら、ベトナム戦争でも見れる通り勝てる見込みの無い戦闘は潔く放棄する訳ですが、国民性が違うか日本は絶対に負けれないとあのナチスドイツと同盟を結び、そして
真珠湾奇襲にまで至って、そして次第に追い詰められていって、
神風特攻や
バンザイ突撃で敵だったアメリカ軍を次第に追い詰めて、両者とも精神的に破綻(あるいはその直前)し、原子爆弾投下と言う悲劇を生み出してしまったのです。
アメリカは第二次世界大戦中、不信と疑心暗鬼に満ちていたのでしょう。
ナチスドイツに対して不信の感情はあったものの、それ以上に日本人に対する不信感が1920年代から芽生え初め、アメリカ人から見れば日本人は「
不気味な人達だ」と映っていました。
太平洋戦争に入ると、殆どの日系人は収容所へと送られたのですが、人種差別的行為と共に
疑心暗鬼が目立った行動でもあり、アメリカの人達の感情が如何に疑心暗鬼に満ちていたかが分かるような気がします。
ルーズベルト大統領は亡くなる直前に「
明日の我々の事業達成を阻む最大の障害は、今日が持つ我々の疑心暗鬼です」とチャーチル氏に書き送ったのですが、もしかしたらこうした行為から出てきた言葉かもしれません。
ドイツに関しては、
最初から狂っていたとしか言い様がありませんね。
と言うのも、ベルサイユ条約によって国家経済が破綻して、マトモな暮らしも出来なかった事からナチス党が台頭し、ユダヤ人やロマ、社会主義者等を次々と排撃しました。
この教訓から
第二次世界大戦後は過酷な賠償を避ける事になりましたが、追い詰められた挙句に国家ごと精神が破綻し、最早
後戻り出来ない程狂ってしまった訳です。
国家ごと狂気に満ちた故か、英仏を倒すが為に
無抵抗の国―ノルウェーやベルギー、オランダ等を攻撃し、多くの一般市民が犠牲になりました。
フランスは占領され、ベルサイユの報復かフランス人は奴隷のようにこき使われたそうですが、その
狂人相手に善戦したのがイギリスで、「
ナチの支配には絶対に屈しない」と言う固い決意とアメリカからの支援から
ドイツ軍相手に懸命に戦い、イギリスの占領は免れたのでした。
「国家ごと狂っている」と言う所では、ソ連も同じですが、
ヨシフ・スターリンの独裁政治で国民はロボットのように操られ、最も多くの犠牲者を出した国でした。
ヒトラーはその似たような狂人国家に戦争を吹っかけて来て、第二次世界大戦至上最大の激戦である独ソ戦を展開しましたが、「
毒をもって毒を制する」訳か、ドイツ軍は大敗北。それ以降、敗走は続くようになったわけです。
第二次世界大戦で
最も悲惨な境遇にあったのがユダヤ人でした。
ドイツやその占領下の国々で酷い排撃を受け、ロシア革命やパレスチナ問題等からアメリカもイギリスもユダヤ問題に対して難色を示していたのですが、全ての国がユダヤ難民に対して冷淡だったと言えば、そうとは言えないでしょう。
ドイツと同盟を結んでいた日本では「
ドイツが自国内でユダヤ人をどう扱おうがそれはドイツの勝手であるが、満州国のような独立の主権国家の領域内での決定にドイツが干渉することは許されない。日本はドイツの属国ではなく、また満州国も日本の属国ではない」とユダヤ難民を受け入れ、
杉原 千畝氏の功績等からも日本はホロコーストに荷担せず、逆にユダヤ人を保護していたのです―ついでに補足。同じ同盟国のイタリアもユダヤ人迫害に積極的でなかったのですが、
ムッソリーニ自身もユダヤ人に対する感情はあまり悪くなく、イタリア市民の反ユダヤ感情もドイツ/オーストリアと対照的に殆ど無かったそうです(
第二次大戦―各国の事情より。
反ユダヤ法もナチスに強要される形で制定されたのですが、思った以上の成果が無く、犠牲者の数も他の国と比べて少なかったそうです)。
となると、日本はナチスドイツほど狂っていなかったと言うわけですかね?
風船爆弾の例を見る通り分かりますが……
風船爆弾は元々
毒ガスや生物兵器を積んでアメリカの戦意を挫こうとする目的で作られた兵器ですが、昭和天皇は「
朕は物騒なものが嫌いなり」の反対で実現せず、結果的に爆弾を積むだけのものとなって、
日曜学校の生徒5人とキリスト教聖職者の妻の6人(この人達には気の毒だったけど)しか死者が出なかった訳です(イギリスのサン誌は昭和天皇が病に倒れた際に「
極悪の天皇ヒロヒトに地獄が待っている」と書き立てましたが、
アメリカでの犠牲者が少なかったんで、悔しくて天皇を罵ったんでしょうかねぇ?!)。
これによってアメリカ本土では犠牲者が殆ど出ず、ユダヤ人迫害を命令しなかった事もあってか、昭和天皇は
戦争責任の訴追から免れたですが、もし風船爆弾に毒ガスや生物兵器が詰まれていたら、どうなっていたのだろうか?
いずれにせよ、昭和天皇によって日本はある程度正気を保てたってところでしょうか?!
ドイツの敵国だったソ連も元々ユダヤ人の活動によって建国された国か、ユダヤ難民には寛容な方だったけど、
日本ほど暖かった訳でなく、スターリンの粛清などの標的にされるなど困難を極めていました―スターリンは元からユダヤ人が嫌いだったが、ヒトラーほど強迫観念を持っておらず、第二次大戦中の赤軍にもユダヤ人が多くいたほどでした(最も、スターリンにとっては、
自分に背く者は人種を問わず誰もが敵と見なしていましたが)。
狂気と正気が揺れ動いた第二次世界大戦。
あまりにも凄惨な出来事に、大規模な紛争を出来ないでいるのですが、このような悲劇は二度と繰り返さないように願うばかりです。
posted by Helter-Skelter2008 at 11:40|
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