2009年07月07日

歪みは至る所に出てくる?!

部屋を掃除してみたら、政治関係の雑誌を見つけ、興味深い記事を見つけました。

こんなやつ

 小学生も安保反対デモのまねをしていた60年安保騒動の翌年、小学校の4年生だった私は社会科の授業中、担任の女性教師から「大野君のお父さんは自衛官です。自衛隊は人を殺すのが仕事です。しかも憲法違反の集団です。みんな、大きくなっても大野君のお父さんのようにならないようにしましょう。先生たちは自衛隊や安保をなくすために闘っているのです」と言われたことがある。

 聞いていた私は脳天をハンマーで殴られたようなショックを受けた。その担任は日教組の組合員として積極的に組合活動をしていたらしいが、それまでは私に対して差別するような特別な態度はなく、他の生徒と同じように接してくれていると思っていたからである。

 それ以来、同級生の態度が変わった。給食の時間は机を集めてテーブルクロスをかけ、みなで一緒に食べていたのが、私ひとりだけのけ者になった。教室の隅でひとりで食事した。朝、学校に行くと上履きがなくなっていた。運動場から帰って来ると、ランドセルの中身がほうり出されていたこともあった。下校途中、石を投げられてけがをしたこともある。

 そのうち、学校に行くのがいやになり、半月ほど登校拒否をした。その時、私はまだ10歳になっていなかった。担任はあわてて自宅にやって来た。結局、親に説得されて学校に通い始めた。目に見えるいやがらせはなくなったが、同級生の視線は冷たく、以前のような仲の良い関係ではなくなっていた。

 早く進級してクラス替えになり、担任も同級生もみないなくなればいいと、それだけを願った。

 
これはとある記者の体験談ですが、聞いた当初「こんな酷い事を言うなんて……」と憤りを感じました。
しかし、このイジメが起こった時期や当時の背後関係等を考えてみると、やはり冷戦の歪みは日本にも現れ、東西に分断されたドイツよりはハッキリしていないがこうした分裂は日本でも起きていたと感じました。

ここで、最早恒例となった「映像の世紀」を出しますが……
「第8集 恐怖の中の平和」


60年代と言えば米ソ冷戦が最も激しかった時期で、キューバ危機等イザコザの絶えなかった時でしたが、資本主義と共産主義とのイザコザは日本でも起こり、アメリカやイギリス、イタリアなど資本主義陣営にいた自衛隊に対し、ソ連や中国等の共産主義陣営に加わっていた日教組が突っかかってくる事もあったみたいです―だからといって、その対抗心を小学校の場に持ち込むのはどうかと思いますが。

結局、90年代のソ連崩壊によって日教組は基盤を失い、秩序を失って間抜けを見てしまう事もありますが、しかし、思想は分裂を持ち込むとでも言うか、至る所で分裂は起こり、アメリカのカウンターカルチャーやプラハの春など東西両陣営とも綱渡りの状態を歩んでいました。

人を纏めるには、確かに思想は必要でしょう。
しかし、それは同時に分裂を招き、人と人を引き裂く事もありえるのです。
posted by Helter-Skelter2008 at 20:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 歴史 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/123022545

この記事へのトラックバック